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ジミー・ペイジ ソロがかっこいい天才ギタリスト!その生い立ちは?

  • 2018年10月30日
  • 2018年11月21日
  • 音楽

 

世界的なギタリストとして名高い『ジミー・ペイジ(Jimmy Page)』。

 

彼は『レッドツェッペリン(Led Zeppelin)』というバンドの一員でした。

 

『レッドツェッペリン』は、ハードロック・ヘヴィメタルといった

 

様々なジャンル内に星の数ほど存在するバンドの中の代表格。

 

現在も日本のテレビ番組やCMで『レッドツェッペリン』の楽曲は日々使われていますよね。

 

たとえ名前を知らなくても曲を聴けば「聞いたことある!」という方も多いはず。

 

そんな、商業的にも大成功を納めた『レッドツェッペリン』の

 

ギタリスト、リーダー、そしてプロデューサーでもあった

 

『ジミー・ペイジ』という男は、1ギタリストとしても世界的に偉大で、

 

3大ギタリスト(※)にも数えられています。

 

今回は、そんな『ジミー・ペイジ』について、ご紹介します。

 

(※)3大ギタリスト

1970年代に日本の音楽関係者が使用した言葉

エリック・クラプトン、ジェフ・ベック、ジミー・ペイジの3人を指す



ジミー・ペイジの生い立ちは?

 

ジミー・ペイジは1944年1月9日イングランド・ミドルセックス州で生まれます。

 

ギターとの出会いは1952年、ジミー・ペイジが8歳の頃。

 

サリー州に引っ越した際に新しい家で見つけたアコースティックギターでした。

 

このアコースティックギター、なぜその家に置いてあったのかは不明なのですが、

 

今となってみればジミー・ペイジにとって運命の出会いだったと言えます。

 

少年時代のジミー・ペイジはギターの魅力にとりつかれて日々練習を重ね…、、

 

となりそうなところですが、

 

実はジミー・ペイジはギターと出会ってすぐに練習を始めていません

 

しかも4年間も。。

 

練習を始めたのは12歳の頃からだそうです。

 

キッカケは、その時代の多くの少年少女と同じく『エルヴィス・プレスリー』。

 

しかし、そこは後に3大ギタリストと呼ばれるジミー・ペイジ、

 

『エルヴィス・プレスリー』の歌ではなく、

 

後ろで鳴っているギターに衝撃を受けたそう

 

その時から本気でギターの練習を開始!

 

彼のギタリストとしてのキャリアは、ここから始まったと言えるでしょう。



ジミー・ペイジの経歴は?

 

ジミー・ペイジは10代にして既にテレビ出演も果たしており早熟でした。

 

学生の頃から、ロンドンの有名なクラブであるマーキーのステージで演奏し、

 

またそうした活動をきっかけにセッション・ミュージシャンとしての活動も始めます。

 

演奏したレコードが初めてチャートの首位を獲得したのは、

 

なんとジミー・ペイジがまだ19歳の時

 

当時の若者にしてみればケタ違いの出世ぶりですよね…。

 

その後、1966年にヤードバーズに加入したジミー・ペイジ。

 

加入当時のパートは、なんとベース!

 

元々はヤードバーズを脱退したエリック・クラプトンの後任ギタリストとして

 

参加を要請されていたのですが、ジミー・ペイジはこの要請を拒否。

 

代わりに以前から知り合いとなっていたジェフ・ベックを紹介するのですが、

 

今度はベーシストが脱退してしまい、ベースとして加入することに。。

 

さらに、ジェフ・ベックが扁桃腺炎で療養に入ってしまい、代役でギターへ転向することに。。

 

と、あまり普通の流れではない形でヤードバーズのギタリストとなりました。

 

ジェフ・ベックの快気後はツインリードギターのスタイルがバンドの売りとなりますが、

 

後にジェフ・ベックが脱退してしまいます。

 

メンバーの音楽性の違いによる不仲からヤードバーズ自身も1968年に空中分解。

 

ついには解散状態となってしまいました。

 

スタジオでのセッションではなく、ライヴ活動がしたいという動機から

 

ヤードバーズに加入したジミー・ペイジは、ここでバンド活動を閉ざされてしまいます。

 

しかし、バンド活動への情熱や契約も残っていた彼は、新バンドを始めるために動き出します。

 

ヴォーカルにロバート・プラント、

 

ベースにジョン・ポール・ジョーンズ

 

ドラムにジョン・ボーナムを迎え、

 

ついに伝説のロックバンド(ヤードバーズも十分伝説ですが…)、

 

レッドツェッペリン』が誕生します。

 

メンバーそれぞれの卓越した実力に加え、

 

多くの名曲を世に出し商業的にも大成功を収めます。

 

しかし突然、1980年に解散を発表。

 

原因はドラムのジョン・ボーナムの事故死でした。

 

バンドサウンドにおいてジョン・ボーナムの貢献度は非常に高く、

 

ジョン・ボーナム抜きでのバンド継続は不可能』と判断。

 

『レッドツェッペリン』解散後のジミー・ペイジは、

 

映画のサウンドトラックに参加したり、

 

何度かバンドを組んでは解散し、主にソロでの活動が目立ってます。

 

そんなジミー・ペイジは、今年2018年10月現在で74歳となります。



ジミー・ペイジのギターソロは?

 

バンドサウンドを楽しむ際、ハイライトの一つとなるのが『ギターソロ』です。

 

バンドの花形であるギターが一番目立つ場所といっても過言ではありません。

 

名曲にはいつも『かっこいいソロ』がセットで語り継がれています。

 

逆に言えば、どんなに歌が良くてもギターソロが微妙だと

 

名曲になりきれない側面もあるとかないとか…。

 

(曲中に元々ギターソロがない場合は別ですが)

 

もちろんジミー・ペイジも、多くの楽曲でかっこいいギターソロを弾いています!

 

そこで、ここからは独断と偏見による『ジミー・ペイジのかっこいいギターソロ』を紹介します。

 

Rock And Roll

 

Black Dog

 

Stairway to Heaven



ジミー・ペイジ おわりに

 

今回は、ジミー・ペイジについてご紹介してまいりましたが、いかがでしたでしょうか?

 

ちなみに『レッドツェッペリン』は多くの代表曲を残しただけでなく、

 

1970年代初頭に来日した際には広島の平和祈念資料館を訪れています。

 

その時の広島での公演は100%慈善公演

 

収益は被爆者援護資金として広島市役所に贈られました。

 

当時、祖国から離れた異国の地で

 

2度と戦争は起こしてはいけない

 

と涙ながらに語ったというジミー・ペイジの姿は、当時の日本人に衝撃を与えました。

 

 

ジミー・ペイジは、2015年にもプロモーションのために来日した際に、

 

44年ぶりに広島の原爆ドームや平和記念公園を訪問しています。

 

ロック史上、最も偉大なギターヒーローの1人として知られ、

 

世界的な成功を収めながらも、

 

戦時に深く傷ついた日本の人々に思いをはせて涙を流す繊細さを失わない。

 

そんな偉大でありながらどこか人間味が溢れるジミー・ペイジの音楽。

 

あなたも機会があればぜひ聴いてみてくださいね。

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。
 

文:星野貴史

 

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