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【北海道】アイヌとは何か?歴史や現状をわかりやすくご紹介します!

あなたは北海道に行ったことがありますか?

 

北海道に来て気が付くのはたくさんの見慣れない不思議な地名です。

 

  • 芦別(あしべつ)
  • 厚岸(あっけし)
  • 足寄(あしょろ)

 

・・・耳慣れないうえ、漢字なのに読めないものが多いのはなぜでしょう?

 

それもそのはず、北海道にある地名は

 

元々アイヌの地名だったものに漢字を当てていったからなのです。

 

ではアイヌとはいったい何のことでしょうか。

 

実は北海道を知るうえでアイヌのことは欠かせません

 

北海道へ旅行へ来ることがあれば是非、

 

アイヌのことを少しでも頭に入れておくとより深く楽しむことができるでしょう。

 

この記事では簡単ではありますが、アイヌについてわかりやすくご説明させていただきます。

 



 

アイヌとは何?

アイヌは今の

 

  • 北海道
  • 樺太
  • 千島列島
  • 東北の北側

 

に居住していた少数民族のことをいいます。

 

言語は「アイヌ語で、主に狩猟を生業として生活していました。

 

アイヌとはアイヌ語で神様「カムイ」に対しての「人、人間」という意味です。

 

文字を持たない民族なので、アイヌの人たちが記したような大昔の文献はなく、

 

いつごろからどのようにして始まったのかは、はっきりとしていません。

 

口承によって文化が受け継がれてきたのですね。

 

アイヌ文化のはじまり

先述したようにアイヌは文字を持たない民族なので、

 

どこからやってきた人たちから始まった文化なのか不明です。

 

遺伝子調査や出土品などで、縄文時代頃から北海道を中心とした地域に人が居住しはじめ、

 

本州の文化オホーツクの文化が混じって、アイヌ文化が生まれたと予想されています。

 

そして、アイヌの人たちの生活は「カムイ」の影響が大きいです。

 

「カムイ」とは神様のことで、

 

  • 動物
  • 植物
  • 生活用具

 

など

 

  • 人が生きていく上で必要な物
  • 病気などの人間の力ではどうにもできない物

 

カムイ」といい、敬ったのです。

 

なんだか「カムイ」の考え方に万物の事象に対する深いリスペクトを感じますよね。

 

物を大切にする、ありがたく使わせてもらうという精神なのですね。

 

アイヌの歴史、和人との戦い

本州は弥生時代に大陸の影響を受け、稲作がおこなわれるようになりました。

 

けれども蝦夷地(北海道)は寒さが厳しく、稲作を行える環境ではなかったので、

 

アイヌの人たちは狩猟をメインとしていたのです。

 

北海道は農作物を作らなくても山に入れば美味しい山菜が山ほど手に入りますので、

 

米がない分の栄養は他の食べ物で補っていたとされています。

 

北海道には和人と呼ばれる本州から移り住んだ人も少しは存在していたと言います。

 

室町時代にはその和人たちと鉄器の出来の良し悪しから殺人事件が起こり、

 

コシャマインの戦い」という争い事の発端となります。

 

アイヌの人たちは当時、土器を使っていたとされ、

 

鉄器は和人から物々交換で仕入れていたようです。

 

あるアイヌの客が、和人からの鉄器の出来が良くないと言ったため、

 

和人は怒ってアイヌの客を殺してしまったそうなのです。

 

アイヌの人たちは団結して戦いを挑みましたが破れてしまったそうで、

 

その後も、道南に進出した松前藩とも度々戦いが繰り返されたと言われています。

 



 

アイヌの歴史、北海道に改称されたころ

明治に入り、蝦夷地北海道へ改称されたころ、多くの和人が北海道へ移り住みます。

 

そう、勝手に開拓をし始め、北海道はいつの間にか、日本の領土とされてしまいます。

 

その後、アイヌの人たちは、日本の戸籍制度に組み込まれていきました。

 

このころから和人によるアイヌの人たちへの差別が大きくなっていったのです。

 

アイヌの人たちは「土人」とも呼ばれ、宗教的な入れ墨や耳環などが禁止されました。

 

そしてアイヌ学校」が設立され、日本語での教育が行われるようになっていきました。

 

ここら辺の話を聞くと、日本語教えてもらえたり、日本人の仲間に入れたりして

 

ラッキーな感じを持ちますが、内情は全く違います。

 

アイヌの人たちは独自の文化で生きてきたのに、

 

それを全否定され日本の文化を強要されたのです。

 

「アイヌ学校」はアイヌの子供しか通えません。

 

和人がアイヌの人と違う学校に通いたかったからです。

 

開拓の和人たちはアイヌの人たちが住んでいる肥沃な土地を奪い

 

代わりに痩せて作物が育ちにくい土地を分け与えました

 

そして生業としている狩猟も禁止させたのです。

 

慣れない農作業で、しかも作物が育たないとなると、生きていく術はありません。

 

こうしてアイヌの人たちはどんどん貧困に陥っていったのでした。

 

なんだか本当に心苦しい限りです。

 

アイヌの歴史 現代は?

貧困に陥ったアイヌの人たちを救おうとする法が明治32年にできました。

 

北海道旧土人保護法です。

 

この背景には物々交換で生計を立てていたアイヌの人が

 

  • 貨幣の生活に馴れなかったり
  • 農作業をいくらやっても成果がなく

 

貧困に陥ってしまったことがあります。

 

やがて田畑を捨てていくアイヌの人が多くなり、

 

政府はアイヌの人を保護するために「北海道旧土人保護法」を制定しました。

 

この法律は平成の時代までありました。

 

しかしアイヌの人たちの中にはこの法律を廃止して欲しいという声も多かったのです。

 

「旧土人」保護法って。。非常に差別的な言葉を政府が使っていることに時代の差を感じます。

 

「旧土人」と言われることに抵抗する人も多く、

 

自分がアイヌだということを隠して生活している人も未だに多いのが現状なのです。

 

廃止するにしても、アイヌを守る法律が他にないんだから我慢してよ

 

とウタリ協会(現在のアイヌ協会)はいい、中々この法律は消えませんでした。

 

しかし、アイヌで初めての国会議員である萱野茂(かやのしげる)さんが、

 

撤廃案を提出したことで、平成9年にはアイヌ文化振興法が制定されました。

 

この法律はアイヌの文化を守り、継承・発展させていこうというものです。

 

アイヌの人たちの誇りを尊重していこうという活動が

 

北海道のあちこちで起こってきているのです。

 

アイヌのことを知れる資料館

北海道へ行ってアイヌの文化に触れてみたい方はぜひこちらへ!

 

札幌市アイヌ交流センター

 

札幌駅からお車で

 

 

2020年4月開業予定ウポポイ 民族共生象徴空間

 

新千歳空港からお車で。

 

 

平取町立二風谷アイヌ文化博物館

 

新千歳空港からお車で

 

 



 

アイヌとは おわりに

いかがでしたでしょうか。

 

北海道の様々な地名はアイヌ語が元となっており、それぞれが深い意味を持ちます。

 

北海道在住の著者は和人と呼ばれた祖先が、

 

極寒の地で生きていける文化を発展させてくれたから、今の自分たちの生活が送れている

 

と心より感謝しています。

 

そして今の文化は、アイヌの人たちの礎があったからこそ存在しているものだ

 

とも思っています。

 

北海道へ訪れるならアイヌに関する情報は外せないと言っても過言ではありません。

 

あなたも北海道へ訪れる際はぜひ、

 

アイヌについて意識して色々な地名や場所を楽しんでみてくださいね。

 

最後までお読みいただきありがとうございました。

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